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もう一年ほど前になるがショッキングな事件が報道された。北九州の病院の看護師で病棟課長の女性が、入院患者の高齢者4人のつめをはがす虐待を行っていたというのである。看護師は「自然に取れた。水虫の処置のつもりでやった」と供述し虐待を否定していたが、病院は傷害容疑で刑事告発した上で懲戒解雇したという。看護師は傷害容疑で逮捕され、起訴。そして身柄を拘束されたまま、第1回公判前整理手続が開かれた。ところが、この事件は意外な展開を見せることになった・・・。
 日本看護協会が、事件現場の看護仲間や病院関係者から情報を収集してこの事件を調査した結果、この看護師が行った行為は虐待ではなく、看護実践から得た経験知に基づく看護ケアであったと判断し、その見解を発表したのである。

 私がこの事件の顛末を知ったのは、テレビ朝日の報道番組『ザ・スクープ』によってである。番組の取材によるとこの「つめはがし」という行為は、お年寄りなどに多く見られる白癬菌などによる「肥厚爪」を整え、清潔に保つケアの一貫であったというのである。彼女の行為を見た「肥厚爪」の知識のない病院スタッフによる内部告発に、病院側が慌てて、拙速に謝罪の記者会見を行った。そして、つめはがし、老人虐待、看護ノイローゼといった言葉が一人歩きする。番組の映像には、謝罪記者会見の模様が映し出され、記者が、事件の再発防止策に具体的なものがないといって病院側に詰め寄るという光景が映し出されていた。正義の鉄槌を振り下ろしているマスコミと、おろおろして責任回避しようとしている病院責任者という構図である。

正義が暴走するとき その1。 - カフェ・ヒラカワ店主軽薄 - 楽天ブログ(Blog) (via gkojax)

(元記事: yuiseki (wakatteinaiから))

時々、親には一見溺愛しているように見えて、その実は子供を支配したがるという心理があります。

"愛しているわよ、あなたが想い通りでいてくれる間は"

依存を愛と呼び、支配を応援と呼ぶこともあります。愛してあげたんだから、思い通りになりなさい。愛の中に、そういう取引が成立していることもよくあります。

浅田真央選手は誰のものか | 為末大×AERA 白熱ウェブ (via mayumiura)

(tlav95tlav95から)

人は年を取ると見聞が狭くなる

 また、年を重ねるほど、「そんな人はいない」などと他人を安易に断定するようになる人も多いのです。

 年を重ねると見聞は広くなるようで、狭くもなるのです。
 確かに知り合う人間や経験などのサンプル数は増えるのですが、それは母数が1億ある時に、サンプル数が10から100に増えるだけだったりするからです。

 自分の中では、10が100に増えると10倍になっているので、「見聞が広まった」とか「経験が増えた」という気がするのですが、実際には同じような環境や集団の中で生きているので、見聞も経験もさして増えないものなのです。

 それなのに「男(女)なんてこんなもの」とか「絶対にそんな人はいない」とか「そんなことはあり得ない」と断定してしまうことが増えるのです。

 年の離れた親や上司が言う根拠のない断定に、困ったことがある人は多いでしょう。

 「今の時代はそんなことないのに」と言っても、親や上司は「自分は50年60年生きているのだから、自分には間違いがない」と思っているわけです。

 人間の見聞や経験はたいてい、そんなに広くないものです。例えば世界中のすべての言語を理解できる人も、世界中にある書物を全部読みきることのできる人もいません。

 それを自覚することが大事なのです。

【29】「YES女子」と「NO女子」

安易な肯定と断定は何も生まない

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